今日は、潟原跡です。
潟原は、泊と対岸の那覇と間に広がっていた干潟の
こと。
1451年の長虹堤築造以降、安里川から流れ出る
土砂が河口に堆積し干潟が形成された。
1694年泉崎村の塩浜芝香が潟原で入浜式の塩田を
始めたのを契機に、製塩業者が増え、潟原の一部に
泊前島・泊兼久といった集落ができた。
潟原では製塩の他、古くから馬勝負(調馬)や砲術
訓練も行われ、明治期以降は小学校の連合運動会
など多彩な行事の催し場としても利用された。
現在、潟原跡の一角に『泊塩田之跡碑』が建立されて
いる。
美栄橋の観光案内にあった文言からのコピーです。
上にある『泊塩田之跡碑』は、市立前島小学校の前にある
この公園
の中にあります。
昔はこの辺は、塩田があったのですね。
今じゃ、ユニオンがあったり、まったく面影をとどめて
おりません。
『泊塩田之跡碑』はこんな感じです。
しかも隣には、『焚字炉(ふんじゅるー)』があります。
どうも中国明代の敬惜字紙の風習が、伝わったらしく字を
書いた紙を焼く小さな施設だそうです。英祖王・尚寧王の
墓である浦添ようどれにもあるそうです。
『泊塩田之跡碑』よりもこっちのほうが気になっちゃい
ました。


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