【美栄橋案内板の旅】 長虹堤 十貫瀬へ~

| コメント(0) | トラックバック(0)

長虹堤とは、
琉球王朝時代、那覇は浮島と呼ばれており、15世紀半ばの
第一尚氏の尚金福により首里と那覇を結ぶ長虹堤といわれる
海中道路が造られた。これは那覇東村にある冊封使の宿泊施設
である天使館と首里を結ぶ道(宿道)の一部で崇元寺橋
(当時は安里橋)から松山のイベガマ(イベガマとも)までの
約1キロ程の道であった。

DSC01859.jpg

今はその面影もないが、かろうじて、十貫瀬(昨日の記事の
所ね)付近だけは現在も、その道筋が残っているそうです。
まあ、今見ても写真の様に変哲もない曲がりくねった道
なんですが一応、歴史があるようでw

DSC01858.jpg

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.niraikanai.tv/mt/mt-tb.cgi/609

コメントする


プロフィール

    プロフィール画像
    ゆふぃ
  • ・女性みたいなHN
     使ってますが
     男性です。
     もし女性だと思って
     いた人ごめんねー。
  • ・東京生まれの東京
     育ち。
     2006年5月に初めて
     沖縄に行ってそれ
     以来はまって
     しまいました。
     現在来沖回数11回
     記録更新中w
  • ・現在、12回目です。
     この8月で13回目です。
     いい加減、飽きてこない?
     って聞かれますが
     そんなことは無いですw
Powered by Movable Type 4.22-ja

最近のコメント

このブログ記事について

このページは、管理人が2009年10月23日 07:08に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「【美栄橋案内板の旅】 十貫瀬の七つ墓」です。

次のブログ記事は「うっちんソーダ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。