【美栄橋案内板の旅】 潟原跡

| コメント(0) | トラックバック(0)

今日は、潟原跡です。

 潟原は、泊と対岸の那覇と間に広がっていた干潟の
 こと。
 1451年の長虹堤築造以降、安里川から流れ出る
 土砂が河口に堆積し干潟が形成された。
 1694年泉崎村の塩浜芝香が潟原で入浜式の塩田を
 始めたのを契機に、製塩業者が増え、潟原の一部に
 泊前島・泊兼久といった集落ができた。
 潟原では製塩の他、古くから馬勝負(調馬)や砲術
 訓練も行われ、明治期以降は小学校の連合運動会
 など多彩な行事の催し場としても利用された。
 現在、潟原跡の一角に『泊塩田之跡碑』が建立されて
 いる。

美栄橋の観光案内にあった文言からのコピーです。
上にある『泊塩田之跡碑』は、市立前島小学校の前にある
この公園

DSC01856.jpg

の中にあります。
昔はこの辺は、塩田があったのですね。
今じゃ、ユニオンがあったり、まったく面影をとどめて
おりません。

DSC01854.jpg

『泊塩田之跡碑』はこんな感じです。
しかも隣には、『焚字炉(ふんじゅるー)』があります。

DSC01855.jpg

どうも中国明代の敬惜字紙の風習が、伝わったらしく字を
書いた紙を焼く小さな施設だそうです。英祖王・尚寧王の
墓である浦添ようどれにもあるそうです。
『泊塩田之跡碑』よりもこっちのほうが気になっちゃい
ました。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.niraikanai.tv/mt/mt-tb.cgi/611

コメントする


プロフィール

    プロフィール画像
    ゆふぃ
  • ・女性みたいなHN
     使ってますが
     男性です。
     もし女性だと思って
     いた人ごめんねー。
  • ・東京生まれの東京
     育ち。
     2006年5月に初めて
     沖縄に行ってそれ
     以来はまって
     しまいました。
     現在来沖回数11回
     記録更新中w
  • ・現在、12回目です。
     この8月で13回目です。
     いい加減、飽きてこない?
     って聞かれますが
     そんなことは無いですw
Powered by Movable Type 4.22-ja

最近のコメント

このブログ記事について

このページは、管理人が2009年10月27日 07:03に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「うっちんソーダ」です。

次のブログ記事は「三葉葵」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。