
すみません。
またお墓です。
ここに行くのには非常に判りづらいです。
よその駐車場の奥にあって看板もありません。
かろうじて案内板にあった写真を見てここかな
って判った次第です。
さて、張献功(ちょうけんこう)とは
?~1638(?~尚豊18)
沖縄に帰化した朝鮮陶工。和名は仲地麗伸。
文禄・慶長の役(1592、97年)で朝鮮
から連れ帰った陶工の一人で、薩摩に願い出て
招き入れる。那覇の湧田村に住み陶芸に励んだ。
文禄・慶長の役って、言うと何だか
よくわかりませんが、豊臣秀吉の
朝鮮出兵のことです。
前回の、渡嘉敷三良さんは、中国の人ですが
この方は、朝鮮の人です。
壺屋焼の礎を築いた人らしいです。
琉球舞踊の女踊りに『瓦屋節』と言うのがあり
名月をめでた歌詞でまとまった女踊りなの
ですが、全体は3曲構成で、第1曲は
『なからた節』、第2曲は『瓦屋節』、
第3曲は『しやうんがない節』と
なっております。
この内の『瓦屋節』の主人公の
夫だそうです。
瓦屋節の歌詞は以下の通り
できやよ押し連れて眺めやり遊ば
今日や名に立ちゆる十五夜だいもの(なからた節)
訳)さあ連れ立って眺めて遊びましょう。
今日は名に立つ十五夜ですから。
押す風も今日や心あてさらめ
雲晴れて照らす月の清らさ(瓦屋節)
訳)そよ吹く風も今日は心あるもののように、
空も晴れ渡って照り輝く月がなんと
きれいなことか。
月も眺めたりできやよ立戻ら
里やわが宿に待ちゆらだいもの(しよんがない節)
訳)月も眺めたし、さあ、急いで帰りましょう。
愛しい人がわが家で待っているはずですから。
この、『瓦屋節』の本歌が以下のようで
瓦屋頂登て真南向かて見れば
島うらど見ゆる里や見らぬ
訳)瓦屋根に登って真南を向かって見ると
私の生まれた村こそ見えるが、愛しい
あの方は見ることができない
この、屋根に登ったのが、張献功の奥さん
だそうです。
何故こんな歌を残したかというと続きのような
話があります。
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